大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和47年(う)3293号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、各被告人ならびに弁護人松井繁明、同為成養之助、同高橋融、同上条貞夫が連名で提出した各控訴趣意書に記載されたとおりであり、これらに対する答弁は検察官飯島宏が提出した答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

これらに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

弁護人の控訴趣意第一点、ならびに被告人両名の各控訴趣意中、公訴権の濫用を主張する点について

現行刑訴法上、具体的な事件について公訴を提起するか否かの決定は、検察官の裁量に委ねられているものであるところ、記録ならびに当審における事実取調の結果に徴しても、検察官が本件公訴の提起に関し、所論のように捜査機関みずからが、本件と同種の事犯を犯しているにもかかわらず、思想、信条による差別として、ことさらに日本共産党を弾圧する意図のもとに本件を狙いうちに検挙、起訴するなど、刑訴法二四八条が定める検察官の起訴不起訴に関する合理的裁量の範囲を著しく逸脱した違憲、違法の廉は認められない。本件につき公訴提起の手続の適法性を否定すべき余地はなく、本件公訴を受理した原判決の措置は正当というべきである。そしてまた、公訴の提起が公訴権の濫用にあたる旨の主張は、訴訟条件の存否に関するものであって、刑訴法三三五条二項所定の主張にはあたらないから、そのような主張があっても、本来、判決にこの点に関する判断を示すことを要するものではない。したがって、たとえ、判決にこの点に関する判断が示されなかったとしても、それが所論のいうように理由不備の違法にあたるということはできない。のみならず、原判決は、その理由中において公訴事実について有罪の判断を示し、かつ、「弁護人の主張について」と題する欄において、本件公訴の提起が公訴権の濫用にあたらない旨を説示しているのであるから、原判決が、本件公訴の提起に関し、所論指摘のような違憲、違法が存在しなかったことを判示した趣旨であることは、その判文上から極めて明瞭というべきである。それゆえ、原判決には何ら所論のような違法はなく、論旨はいずれも理由がない。

弁護人の控訴趣意第二点ならびに被告人らの各控訴趣意中、訴訟手続の法令違反を主張する点について

公訴の提起が公訴権の濫用にあたる旨の主張は、刑訴法三三五条二項所定の主張にあたらないから、そのような主張がなされた場合でも、本来判決中にこれに対する判断を示すことを要するものでないことは、さきに説示したとおりである。そしてまた、たとえ判決中でこれに対する判断を示す場合でも、この点に関する事実の認定は厳格な証明によることを要しないものというべきである。それゆえ、原判決が、この点に関する説示の一部に、本来裁判所に顕著な事実にあたらないにもかかわらず、これにあたるとして証拠によらないで事実を認定した違法があるとしても、該事実を除いたその余の資料により原判断が肯定できる限り、その違法はただちに判決に影響を及ぼすものではない。そして記録に徴し、なお当審における事実取調の結果をも参酌して考察すれば、本件の起訴については、検察官が合理的な裁量の範囲を著しく超えて公訴権を濫用した違法のないことが明らかであることさきにも説示したとおりである。したがって、論旨はいずれも理由がない。

弁護人の控訴趣意第三点および被告人らの各控訴趣意中、軽犯罪法一条三三号、埼玉県屋外広告物条例四条三項がいずれも憲法二一条に違反するとの主張について適用されるべき法令が違憲無効であるという主張は、刑訴法三三五条二項所定の「法律上犯罪の成立を妨げる理由となる事実」の主張にはあたらない。したがって、たとえ原判決がこの主張に対する判断を欠いたとしても、これをもって理由不備の違法があるということはできない。それに原判決は、「無罪の主張について」と題する欄において、憲法二一条が保障している表現の自由といえども、絶対無制限のものではなく、個人の法益と衝突する場合、この間の調整を図るため、軽犯罪法一条三三号の規定は表現の自由に対する必要最小限の規制として合理的なものであり、また埼玉県屋外広告物条例(昭和二五年一月三一日埼玉県条例第二号、以下単に本件条例という)四条三項、一五条一号による表現の自由の制約も、地域の美観、風致を維持するという公共の福祉のため許されるべきであるという趣旨を説示したものであることはその判文に照らして明らかであり、そこには、なんら所論のような理由のくいちがいの違法は認められない。またこれらの諸規定が憲法二一条に違反するものでないことは、最高裁判所昭和四九年(あ)第二七五二号、同五〇年六月一二日第一小法廷判決、および本件条例とほぼ同一の内容を規定した昭和三一年大阪市条例三九号、大阪市屋外広告物条例に関する最高裁判所昭和四一年(あ)第五三六号、同四三年一二月一八日大法廷判決(刑集二二巻一三号一五四九頁)と、軽犯罪法一条三三号前段に関する最高裁判所昭和四二年(あ)第一六二六号、同四五年六月一七日大法廷判決(刑集二四巻六号二八〇頁)の趣旨に徴して明らかである。それゆえ、原判決が適用した法令には違憲の廉はなく、論旨はいずれも理由がない。

弁護人の控訴趣意第四点ならびに被告人らの各控訴趣意中、法令の解釈適用の誤りを主張する点について

軽犯罪法一条三三号、および本件条例による広告物規制、とくに電柱のはり紙の規制が憲法二一条に違反せず、また所論指摘の憲法の各法条に違反するものでないことは、前記の各最高裁判所判例上明らかである。また、前記最高裁判所昭和四五年六月一七日大法廷判決も判示するように「軽犯罪法一条三三号前段は、主として他人の家屋その他の工作物に関する財産権、管理権を保護するためにみだりにこれらの物にはり札をする行為を規制の対象としているもの」であるから、「右法条にいう『みだりに』とは、他人の家屋その他の工作物にはり札をするにつき、社会通念上正当な理由があると認められない場合を指称するもの」と解すべきものである。このような観点に立って考え、さらには、軽犯罪法が日常生活における最低限度の道徳律に違反する行為を取締りの対象とするものであり、違法性の軽微なものをとりあげて、これに制裁を科し、社会の秩序を維持することを目的としていることにかんがみると、所論のいうようなビラ貼りの動機、目的が正当であるか否か、手段方法が相当であるか否か、またビラ貼りによって蒙る被害の程度が軽微であるか否かということによって、「みだりに」の解釈に関する結論を異にすることは、原則としてないものというべきである。また、右の法条を適用するにあたっては、軽犯罪法四条が規定するように、国民の権利を不当に侵害しないように留意し、その本来の目的を逸脱して、他の目的のためにこれを濫用することがあってはならないことはいうまでもないが、本件については、記録ならびに当審における事実取調の結果に徴しても、国民の日常生活における卑近な道徳律を維持しようとする本来の目的を逸脱して他の目的、すなわち、被告人らの政治活動や思想活動の弾圧の具としたことを窺うべき点は全く見出されず、前記の法条にいう「みだりに」他人の工作物にはり札をした場合にあたることは明らかである。さらにまた、記録ならびに当審における事実取調の結果に徴すると、被告人らが所論指摘のような動機、目的をもって原判示のビラ貼りに及んだ事情を考慮にいれても、日本共産党という特定の政党の演説会が開催される旨を告知することを内容とする同政党名義の同判示ビラが、本条例七条三号所定の「公益上やむを得ないもの」、ないしは同条五号所定の「慣例上やむを得ないもの」にあたらないことは明らかである。それゆえ、原判決が被告人らの同判示の各所為に対し、同判示の各法条を適用したのは正当であって、所論のように憲法ならびに法令の解釈適用を誤った違法は存しない。論旨はいずれも理由がない。

弁護人の控訴趣意第五点について

本条例四条三項が、屋外広告物法四条二項四号の授権の範囲を越えるものではなく、憲法九四条はもとより同法三一条に違反するものでないことは、前記最高裁判所昭和四三年一二月一八日大法廷判決、ならびに同裁判所昭和五〇年六月一二日第一小法廷判決の趣旨に徴して明らかである。原判決がこれと異なる見解に立つものでないことは、その判文上明白であって、所論のように憲法ならびに法令の解釈適用を誤った違法はなく、論旨はいずれも理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書を適用してこれを全部被告人らには負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 龍岡資久 裁判官 片岡聡 福嶋登)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例